30年目の位相戦争 —— ドリーム・シアター大阪公演、あるいは肥えすぎた鼓膜の悲哀

邂逅の構造:30年という空白

2026年3月2日、大阪フェスティバルホール。 私が最後に彼らのライブを観たのは、おそらく大学生の頃だ。記憶の断片を辿れば、名盤『A Change of Seasons』が世に出た1995年。およそ30年の歳月が流れたことになる。

マイク・ポートノイ、ジョン・ペトルーシ、ジョン・マイアング。 彼らが結成40周年を迎え、かつての最強の布陣で再び日本の地を踏む。ゲーム業界で30年近く音を紡いできた私にとって、40年という歳月を現役のフロントランナーとして走り続ける彼らの背中は、圧倒的な「構造物」としてそこにあった。

「柱」の帰還と、失われていた律動

実を言えば、マイク・ポートノイが脱退した2010年の『Black Clouds & Silver Linings』以降、私のDTに対する情熱は、緩やかな下降線を辿っていた。

後任のマイク・マンジーニ。彼の正確無比なテクニックに疑いの余地はない。しかし、プロダクションの影響か、彼のドラミングはどこか平坦で、楽曲全体の輪郭をぼやけさせていた。土台となるドラムという「柱」が細くなった建築物のように、聴き手の本能を揺さぶる「うねり」が、私の心には届かなかったのだ。

だが、最新作『Parasomnia』を携え、ポートノイが戻ってきた。 先行シングル「Night Terror」を聴いた瞬間に確信した。「あるべき場所に、あるべき柱が戻った」という圧倒的な安心感。サウンドの設計思想(アーキテクチャ)を決定づけるのは、やはり土台であるドラムなのだ。正当な進化を刻むためには、土台を変えてはならない。私の師、伊福部昭が遺した「揺るぎない律動」という真理を、私は再び彼らに見た。

フェスティバルホール3階席:職業病という名の遮断

期待に胸を躍らせ、フェスティバルホールの3階席に腰を下ろす。目も眩むような高さと急勾配。 しかし、一音目が放たれた瞬間、私はサウンドデザイナーとしての「耳」を呪うことになった。

音響設計において「天井から音が降り注ぐ」と称されるこのホールは、オーケストラのような生楽器には至高の空間だ。だが、電子的に増幅され、凄まじい立ち上がり(アタック)を持つヘビーメタルの音波にとって、この空間はあまりに複雑すぎた。

音数が圧倒的に多いプログレッシブ・メタルは、ホールの反響版で跳ね返った音波が次々と干渉し合い、凄まじい「位相戦争」を引き起こす。 低域の衝撃は来るが、ベースラインの輪郭が消失し、バスドラムのタイトな帯域は天井の反射に飲み込まれる。一方で、ギターとキーボードの高域、スネアの鋭利な成分だけが、凶器のようなスピードで耳に突き刺さる。

1階のPA付近では完璧な均衡(バランス)が保たれていたのだろう。だが、この3階席において、私は「音楽」を楽しむ前に、反射音の遅延や位相の乱れを解析してしまう自分を止められなかった。純粋に酔いしれることができない。これが、30年「音」と向き合い続けてしまったプロフェッショナルの「悲哀」である。

伽藍の構築と、23分の円環

しかし、そんな音響の不均衡をねじ伏せるだけの「熱量」が、そこにはあった。

3曲目「The Enemy Inside」から、初期の傑作「Take The Time」へ。 後半、20分を超える大曲「Octavarium」が始まった時、ジョーダン・ルーデスのシンセサイザーがピンク・フロイドを彷彿とさせる静寂を切り裂き、そこへバンド全員が一体となって巨大な「音の伽藍」を築き上げていく。3階席では音が飽和し、細部が溶け合ってしまう瞬間すらあったが、それでも彼らが放つエネルギーの構造だけは、網膜と鼓膜に焼き付いた。

本編が終わり、アンコールを告げるスクリーンに映画『今を生きる(Dead Poets Society)』の一場面が映し出された時、私は奇妙な戦慄を覚えた。 流れ出したイントロは「A Change of Seasons」。 30年前、私が最後に彼らのライブで聴いた、あの23分の組曲だ。

何という偶然か。あるいは、これこそが「構造」の導きか。 30年前、大学生だった私が聴いたあの曲が、40周年を迎え、ポートノイという柱を取り戻した彼らによって再び演奏される。失われた時間は、この23分の円環によって、一つの美しい「構造」へと帰結した。

結びに代えて:雨の淀屋橋へ

ライブが終わり、会場を出る。 耳鳴りと環境音が混ざり合う、雨の大阪。淀屋橋へと向かう道すがら、私は自らの内側にある「音」を反芻していた。

Dream Theaterはこれからも聴き続けるだろう。だが、こうしてライブに足を運び、自らの耳の肥大化に落胆する体験は、これが最後になるかもしれない。

しかし、それでいい。 彼らが40年かけて守り抜いた「土台」の重要性を、私は改めて魂に刻んだ。 私もまた、サウンドデザイナーとして、写真家、そしてStructureRとして、自らの足元の「柱」をより強固にしていくだけだ。

水平を目指すのは、表現を終えてからでいい。 今はただ、この耳鳴りさえも、私が歩んできた30年という航海の証として受け入れよう。

Yoshihiko Wada / Sound & Light StructureR

30年のサウンドデザインと、10年のファインアート写真。音と光の境界に潜む「構造」を読み解き、再構築する「StructureR(構造家)」。師・伊福部昭から受け継いだ眼差しを軸に、多層的な表現を追求しています。

Over 30 years in sound design and 10 years in fine art photography. A “StructureR” who deciphers and reconstructs the hidden architectures between sound and light. Following the philosophy inherited from my mentor, Akira Ifukube, I pursue multilayered expressions that transcend media.

[ Learn More ]

Categories
Follow us on social media.