湯葉鍋から学ぶ ―― 創作エネルギーの有限性と、沈黙の価値

先日、会食の席で「湯葉鍋(ゆばなべ)」に出会った。

※湯葉鍋とは: 四角い鍋に並々と満たされた豆乳を、弱火で静かに温める料理。熱によって表層に凝固した薄い膜(湯葉)を、竹串などでそっと引き上げて食す、繊細な趣向である。

次々と現れる膜をすくい、出来立ての湯葉に舌鼓を打つ。しかし、ふと気づいたことがあった。最初の数枚は芳醇な大豆の甘みが広がるのに、四枚目、五枚目と進むにつれ、どうも味が落ちていくのだ。豆乳が煮詰まるせいか、特有の苦味が勝り、最初のあの高潔な風味は影を潜めてしまう。

湯葉として至上の旨味を湛えているのは、大豆の栄養がもっとも純粋な形で表層に結びつく、最初の数枚だけなのだ。

創作における「出がらし」の正体

これを見て、私は創作も同じではないかと思い至った。 並々と満ちた豆乳を「アイデア」や「創作エネルギー」とするならば、そこから生まれる極上の湯葉とは、一握りの精選された作品のことである。

あとは、濃度を失った液体から無理やり引き剥がした「湯葉らしきもの」――。形こそ似ているが、その実は「出がらし」であり、創作者の魂の苦味が混じった、およそ美しさに欠ける産物だ。

新年の誓いに「SNSへ毎日投稿します!」「YouTubeを毎日更新します!」と高らかに宣言する者をよく見かける。だが、構造家として言わせてもらえば、それは実に危うい宣言である。

「毎日投稿」という名の、焦げ付く鍋

創作とは、蓄積されたアイデアをじっくりと熱し、その表層に浮かび上がった僅かな「本質」をすくい取る行為ではないか。

ひたすらアウトプットの数だけを追う行為は、出がらしの豆乳を無理に熱し続けることに等しい。出来上がるものはアートと呼ぶには程遠く、見るにも聴くにも耐えない「苦味」だけを鑑賞者に強いることになる。

アイデアを溜め、エネルギーを蓄えるには、絶対的な「時間」が必要なのだ。 日々街を歩き、観察し、考察し、撮影地で光を待つ。そうして創作の源泉が充分に満たされた時を見計らい、ゆっくりと鍋を熱し始める。そして時間をかけて結実した、最良の湯葉(作品)だけを世に問うべきなのである。

プロフェッショナリズムと、沈黙の選択

私はこの半年間、YouTubeの更新を完全に止めていた。それだけではない。ファインアート写真の現像もほとんどしていなかった。撮影自体はたまに行っていたが、それとて月に一度あるかないかだ。なぜなら、私の創作エネルギー(豆乳)のすべては、本業であるサウンドデザインへと向けられていたからだ。

いつもより早く出勤し、静けさの中で音を紡ぐ。夜は翌日のエネルギーを継ぎ足すべく、食事を摂り、風呂に入り、ただ眠る。そんな日々を過ごす中で、週末の限られた時間に、疲弊しきった心身で写真や動画をひねり出すことは、不可能ではなかったかもしれない。

しかし、それは間違いなく「苦味の強い湯葉」になったはずだ。到底、人様に供せるようなものではない。だからこそ私は、創作活動のすべてを本業に「全振り」することを決意したのである。

人間が持つ表現のエネルギーは、有限である。無尽蔵に湧き出るものではない。それを長年の活動で痛いほど知っているからこそ、私はエネルギーのすべてを、プロとしての本業に注ぎ込む道を選んだのだ。

「毎日撮影! 毎日投稿!」 創作活動とは、そんな単純なものではない。365枚の平凡な作品を積み上げるより、たった一枚、 本当に価値ある作品を創り上げることに情熱を注ぐべきなのではないだろうか。

ところで。 湯葉鍋を、空になるまで熱し続けるとどうなるか。

そこには、ただ焦げ付いた鍋が放つ、不快な悪臭が残るだけである。



……そんな不毛な熱狂から離れ、私は今、新しい「構造」を築き始めています。

言葉で語り尽くせない響きは、ポッドキャストで。 3月12日、始動。
「StructureR:表層を剥ぎ、その奥の構造を探る」

Yoshihiko Wada / Sound & Light StructureR

30年のサウンドデザインと、10年のファインアート写真。音と光の境界に潜む「構造」を読み解き、再構築する「StructureR(構造家)」。師・伊福部昭から受け継いだ眼差しを軸に、多層的な表現を追求しています。

Over 30 years in sound design and 10 years in fine art photography. A “StructureR” who deciphers and reconstructs the hidden architectures between sound and light. Following the philosophy inherited from my mentor, Akira Ifukube, I pursue multilayered expressions that transcend media.

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